【四稜郭築城】

4月9日、乙部に新政府軍の第一陣が上陸したときに急造。

四稜郭は、士卒100人、近隣の村人200人で昼夜を通しての作業で数日で完成させたと言われています。

【四稜郭の戦闘】

新政府軍の総攻撃の5月11日に四稜郭でも戦闘がありました。しかし、四稜郭と五稜郭を結ぶ線上にあった権現台場が落とされてしまい、四稜郭が孤立する恐れが出てきたため、数時間の戦闘で撤退してしまいます。

【権現台場】
四稜郭は、五稜郭の背後を強固にするために造られましたが、お互いが孤立しないよう、その間に台場を構築しました。それが、東照宮にあった権現台場です。
現在は、鳥居だけしかありません。

【東照宮】
現在の東照宮は、四稜郭よりさらに北東(山側)に行ったところに移りました。当時の銃弾の傷跡が残る手水鉢があります。

【鬼門】
函館山から鬼門(北東)の方角に千代ヶ岡陣屋、五稜郭、四稜郭を結ぶ縦の防衛ラインが出来上がりました。また、東京と同じく鬼門の方角には、日光東照宮にあたる函館の東照宮があります。

横の防衛ラインとして西は七重浜、東は川汲台場がそれにあたると思います。

【近隣の観光名所】
旧東照宮の鳥居が四稜郭に行く途中にありますが、駐車スペースなしで道は混雑しています。路上駐車はほとんど無理。

四稜郭よりさらに坂を登ったところに現在の東照宮があり、そこに当時の銃弾の傷跡が残る「手水鉢」があります。手水の側面に傷がついているものでさほど価値があるとは思えませんので無理して行く必要はないと思います。


【四稜郭】

函館の四稜郭を知っていますか?
五稜郭を知っている方は多いと思いますが、四稜郭と言う陣地も函館にはあります。
旧幕府軍が五稜郭の背後を守るために五稜郭の北東3キロ構築した陣地です。


春、雪解けの四稜郭の様子

五稜郭は、上空から見ると蝶が羽を広げた形をしていると函館ではよく紹介されています。しかし、この陣地の形は、定番で全国の至るところにあるとのことです。

このページの右上の岡山藩水原久雄描箱館戦争図でもなぜか上空から見た絵図で描かれています。

突き出た4箇所には、台座(大砲を撃つ場所) があります。

【現在の四稜郭の様子】
四稜郭は陣地の跡で土塁のみがあり、土塁、芝は、割と整備されています。普段は、少数の地元の人間の散歩コース、営業マンの休憩場所。回りに民家も少なくさびしい場所にあります。
ただ、桜の時期は非常に込みます。

土塁はそう高くありませんが身を隠すには十分な高さです。縦に約100m横に約50mほどで土塁の上を歩いて一周しても5分とかからないが、四方から攻められた場合、守備をするのが大変なように見受けられました。


四稜郭の歴史的な楽しみ方

陣地内に立ち新政府軍が攻めてきたときにどのように防いだか、守備するのに必要な人数はどのくらい必要か?などを想像してみると面白いと思います。実際にどのように攻めたのか土塁に向かって突撃をかけてみるのも一案です。
実際に行動することにより見るだけじゃわからないことが見えてきます。


四稜郭付近から眺めた函館市街
四稜郭の現実的な観光

四稜郭は他の観光名所から離れています。四稜郭の歴史的重要度と観光時間と費用を考えたらあまりおすすめはしません。

函館出身のロックバンドGLAYが子供のころ遊んだ場所としても有名なので歴史好きでGLAYファンなら行くのも面白いと思います。
【四稜郭の交通手段とアクセス方法

交通の便の悪い所にあります。 タクシーかレンタカーがおすすめ。
バスもありますが、一時間に一本程度、乗ってきたバスが約15分後にユーターンして戻ってきます。

また、ここだけを見にタクシー代を払っていく価値があるかは疑問が残るところ?!

四稜郭は途中にわかりずらい場所があります。レンタカーでいく場合、最初に産業道路沿いの鍛神小学校を目指す。そして、そこから、神山小学校を目指す。坂をまっすぐ登って約2キロ弱で左手にあります。(少し奥まっています。見落とさないように!!)

函館駅から車で45分
湯の川から車で35分
駐車場完備 約20台駐車可

【おすすめ観光度】
土方歳三ファン ★★   歴史ファン ★★  一般函館観光客★ 
GLAYファン ★★ 

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